【繊細すぎる頑張り屋さんのあなたに届けたい】「孤独の価値」とは

こんにちは。

SHEshares編集長の大原光保子です。

前回のHSP(=繊細すぎる人)に関する記事で、色々な方から共感の言葉をいただき、「あぁ、私ひとりの悩みじゃなかったんだな」と、少しほっとしました。

自分で自分自身に言い聞かせるためにも、私と同じ悩みを感じている人に少しでも心の安らぎを感じてもらうためにも、前回に引き続き、繊細すぎる頑張り屋さんの方に向けて、一緒に考えるきっかけを作ってみたいと思います。

一人で考えることが苦手な方は、ぜひこちらのレッスンへ。自分のことを理解することが、繊細さとうまく付き合っていく一番の対策だと思います。

今回は、「孤独の価値」について。

みなさんは、ふと「結局、最終的には自分ひとりで生きていかなければいけないんだな」と感じる瞬間はありませんか?

私はよくあります。

小さい頃からずっと、孤独はいつも私の隣に存在していました。

小学生の頃は、見て見ぬ振りをしていました。

中学生になると、友達に選ばれることで、孤独は消えると思っていました。

高校生の時は、勉強や部活に打ち込むことで、忘れることができました。

大学生では、恋愛に依存して、大きな事に色々挑戦するドキドキで、孤独をまぎらわしていました。

そして社会人になって、一人暮らしをはじめて、誰にも依存できず、自分で自分の人生に責任をとらねばならなくなって、はじめて孤独と真正面から向き合うようになりました。

つい、甘やかしてくれる人に連絡しそうになったり、ついお酒に逃げてしまいそうになったり、特段読みたいとも思っていない漫画や動画を見て時間を埋めたり、そんなことも多々ありましたが、少しずつ「孤独」と手を繋げるようになってきました。

そんな中で感じたことがいくつかあるので、問題提起としてシェアさせていただきます。まだまだ私は未熟で、孤独が大の苦手ではあるのですが、今感じていることを文字にすることで、誰かの考えるきっかけになったり、何より自分自身の「孤独」との距離を近づけられたらな、とそんな淡い期待を胸に抱いて。

⒈ 一人でいるのが嫌いなんじゃない。誰にも理解されないことが恐怖なんだ。

まず、そもそも「孤独」とは一体なんなのでしょう。よく、「一人は好き。でも独りは嫌い。」という声を聞きます。

私はこれが孤独の本質なのではないか、と考えています。

単に一人ぼっちでいることが、私たちに不快な感情を与えるわけではありません。むしろ一人の時間は、誰にも気をつかうことなく、自由を謳歌できる、という意味ではなくてはならない幸せな時間です。

それではどうして「孤独」はこれほどまでに毛嫌いされるのでしょう。それは、「結局、心の底から私を理解できるのは、私しかいない」という事実に対する絶望なのではないでしょうか。

生まれてからしばらくは、自分の親は完璧に自分を理解し、守ってくれる存在だと認識します。でもある時から少しずつ気づいてくるのです。「親も不完全な人間なんだ。」と。

そして次は、友達や恋人に永遠を求め、永遠なんてこの世にないことを知り、また孤独を感じ始めます。

この時に、例えどれだけ深く愛してくれる人に出会い、「君のすべてを受け入れる」と力強く宣言してもらっても、どうしたって他人は他人なのです。

すべてを理解して、いつどんな時もそばにいて、死ぬまで私を守り続けてくれる人なんて、私以外に誰もいない、それが結局は事実なんです。

もちろん、だからこそ夫婦や親友は、本気で相手のことを理解しようと努力しますし、できる限りそばにいて、どんな想いもシェアすることで、強い絆を結ぶことはできます。

また、宗教や自分なりの哲学を強く持つことで、同じ信念を共有できる人にも出会えるでしょう。

ただ、私の人生を生きて、すべての感情を感じ切って、人生で大切にしたい価値観を全く同じにすることは、どうやっても不可能なのです。

⒉ 「孤独」を感じ切った先の心の底から感じる「幸福」

そんな事実に薄々感づいてきた頃、一人暮らしをはじめた事もあり、強制的に孤独と向き合う時間が一気に増えました。

はじめの頃は、映画を立て続けに見たり、本や漫画を読んだり、とにかく何かをして気を紛らわしていましたが、だんだんそれが本当にやりたいことではない、と感じるようになり、あえて何もしたいことが浮かばないときは、思いっきり「孤独」に浸る時間をつくるようになりました。

そんな中で見えてきたのは、「孤独」の先の「幸福」。

それも圧倒的な幸福でした。

一人を感じ、すべての時間、すべての空間を自分の思うがままに操れる幸せ。

そしてその先にある、「孤独」から生まれる新たな創造。

どれも心の底が震えるほど大きな幸せだったのです。一度、消費者ではなく、自分が創造する楽しさを感じてしまったら、もう後には戻れません。

圧倒的自由の中で、私は0からなんだって生み出せるんだ、その気づきは、「孤独」の先にしか見えない、信じられないほどの幸せでした。

⒊ 「孤独」が与えてくれる、新しい3つの価値

具体的に出会った、「孤独」の先の「幸福」は、主に3つありました。

まず一つ目が、他者の存在の有り難みを痛感できることです。

ある意味、当たり前のことかもしれませんが、いつでも誰とでもSNS上で繋がることのできる今、他者との繋がりに依存するものの、有り難みを痛感する機会は減ってしまっているように感じます。

でも、「孤独」を楽しむことで、逆に「繋がり」の価値をより強く感じることができるのです。私はとくに「孤独」が苦手な性質なので、「孤独」を感じたあとは電話がくるだけで、涙が出るほど幸せを感じます。


次に大きな「孤独」の価値は、思考を深められることです。スマホが常にそばにあることで、自分で考える時間はどんどん減少しています。それは一見楽なことですが、自分の頭を使わずに、正解っぽい論理を探すことばかりしていると、どんどん脳の機能が弱ってくることを感じます。

自分の考えをきちんと確立して、判断力を磨くためにも、スマホを遠くにおいて、自分の頭を深ぼる時間はあえて設ける価値があると私は感じています。


そして最後は、自分が0から新しいものを生み出すきっかけになることです。「孤独」つまり何もない空間・時間を過ごしていると、否応にも関わらず自分が何かを生み出す必要が出てきます。

どうしたって、ぼーっとするのには限界があるからです。そして、人間の楽しさはここに現れると思います。すでにつくられた幸せや、楽しみももちろん素敵なものですが、やはり消費側として受動的になるよりも、自分で楽しさや新しい価値を生み出す方が何十倍も楽しさやワクワクを感じられるものです。これは「孤独」を愛することで、どんどん磨いていくことのできる楽しさだと思います。

⒋ 一歩進んだ先で出会った「孤独」からくる今の悩み

そんな風に「孤独」の価値を少しずつ体感している私ですが、一歩進んだからこそ感じる悩みがあります。

それは、自分の思考が深まれば深まるほど、他人とシェアできない思考が増えていくことです。それはつまり、より「孤独」が進んでいくということ。

自分の中の思考プロセスをすべて説明しなければ、今の思考の意図を知ってもらうこともできないし、増してや共感してもらうことなんて、今の日本で街中を歩いていて野良犬に出会う確率くらい難しくなってきます。

だからこそ、本当にたまに出会う、感覚まで共有できる人はものすごく貴重だと痛感しますし、一生大切にしていきたいと思えるようになりました。

この悩みは、私がまだまだ未熟だから生まれる悩みだと思っていて、万人にもわかるような言葉を使いこなせるようになるか、私自身が他者を理解して、相手の言葉で語れるようになるか、はたまたそもそも理解してもらいたいという欲求そのものを消滅させるのか、そこはまだ未知の領域ですが、これから少しずつ次のステージ目指して、「孤独」に向き合っていきたいと思う、今日この頃でした。

ぜひ色々な方と意見交換したいと思っているので、どこかでお会いできることを楽しみにしております。


▷もっと自分を知りたい方に向けたレッスン情報

レッスン名:「本当の自分はどんなタイプ?自分の行動特徴や思考の癖を知るための、エニアグラム自己分析講座

開催日時:2018年9月11日(火)20:00〜22:00

開催場所:SHElikes 表参道教室(※表参道駅から徒歩5分の場所です)

詳細はこちら:http://she-inc.jp/likes/courses/59/lessons/186?utm_campaign=18091120&utm_medium=shesns&utm_source=sheshares

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